| 1990年9月に現PVA会長(川合俊一)と、アトランタオリンピック代表(瀬戸山正二)が、現PVA副会長(深沢伸一)と共に渡米し、日本人選手としては初めてアメリカのプロ団体AVPのツアートーナメントに出場し、日本人初のプロビーチバレーボーラーが誕生しました。
1992年3月に川合俊一の実弟(川合庶)と、富士フィルムバレー部(山本知寿)ら 5人にてビーチバレートーナメントの開催を決意し、同年4月29日神奈川県平塚市の賛同を受け、『第一回
POINT CUP』の開催を致しました。
『POINT CUP』は多くの方々の賛同を受け、翌1993年には18名のメンバーにより『Point Volleyball
Community』を設立し、選手自身で運営するトーナメントスタイルが確立されました。
以来、毎年4月末より10月初旬までの毎週末トーナメントを開催し、1992年の第1回大会では8チームしか参加していませんでしたが、その後、徐々に規模が大きくなり現在にいたっております。
また、1993年より『マリアナズカップ・ビーチバレートーナメント』をサイパンにて 開始し、2002年には10回を迎えるという国際交流も努めています。
そして、1997年8月16日にビーチバレーの更なる発展を目指し、PVC(Point Volleyball Community)から、PVA(Professional
Volleyball Association)へと 名称を変更。プロ組織へと生まれ変わり、日本のビーチバレー界の先頭に立ち、活動を続けています。
2001年6月に湘南ベルマーレと提携を結び「湘南ベルマーレスポーツクラブ」を設立し、トップ選手の強化、ジュニアの育成を目的とした活動を行っています。
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